【講演会レポート】山極壽一さん(人類学者)/子どもの本の学校 34期

「子どもの本の学校」 34期 山極壽一さん

1991年5月よりスタートした、クレヨンハウスの「子どもの本の学校」連続講座は、2024年で34期を迎えました。
子どもの本の専門店として、作家と読者が出会う場所をつくりたいとの思いが出発点。
“子ども”をキーワードに、子どもについて、子どもの本について、子どもをとりまく大人の世界について、ご一緒に楽しみながら考えていきたいと思います。

2025年4月の講師は、山極壽一さん

山極壽一(やまぎわ・じゅいち)さんは……
理学博士。人類学者。総合地球環境学研究所所長。関西万博シニアアドバイザーも務める。
ルワンダ共和国カリソケ研究センター客員研究員、日本モンキーセンター研究員、京都大学霊長類研究 所助手、京都大学大学院理学研究科助教授、同教授、同研究科長・理学部長を経て、2020年まで第26 代京都大学総長。人類進化論専攻。屋久島で野生ニホンザル、アフリカ各地で野生ゴリラの社会生態学 的研究に従事。 日本霊長類学会会長、国際霊長類学会会長、日本学術会議会長、総合科学技術・イノベー ション会議議員を歴任。南方熊楠賞、アカデミア賞受賞。著書多数(別途ご紹介あり)。

講演会タイトル「子どもの学びとコミュニケーション」

大学時代に「サル学」を知り、屋久島のニホンザルやアフリカのゴリラたちを、現地に住み込んで調査・研究してこられた、山極壽一さん。ゴリラの群れの中に身を置いて、その子育てやコミュニケーションを調べるなかで、「共同保育」という子育ての形が人間にとって重要だとわかったと言います。
「ゴリラはことばをもちませんが、人間と同じように、対面して目と目を合わせて挨拶をします。でも、ゴリラはおでこをくっつけるほど近くで目を合わせますが、人間は1mほど距離を置きますね。それは、人間だけに『白目』があるからです。白目のおかげで、相手の目の微細な動きを察知でき、目の動きから相手の気持ちを読めるようになりました。相手の目 の動きから気持ちを読むのは、まさしく『共感能力』です。つまり人間は、類人猿(もっとも人間に近い動物)であるゴリラやチンパンジーより、共感能力を必要としたと言えます。 それはなぜか。子育てをするためです。
ゴリラのあかちゃんは泣きません。なぜなら、生まれたときからおかあさんにしがみつき、生後1年は離れることがなくため、泣いて知らせる必要がないからです。生後1年を過ぎると、今度はおとうさんのそばで、ほかの子どもと一緒に育てられます。人間のあかちゃん は、おかあさんにしがみつくような力はありません。だから、おかあさんと物理的に離れてしまう。だから、大きな声で泣くという自己主張をして、周囲のひとにもケアをしてもら う。これが人間の子育ての根本なんです。人間のあかちゃんは、生まれたときから『共同保育』をされるように生まれついています。そして人間は誰もが、ケアの手を差しのべること ができるように生まれついています。
さらに、人間はことばより前に、音楽的なコミュニケーションをおこなっていたと、ぼくは考えています。その起源は、あかちゃんへ話しかけるときの『インファント・ダイレクト スピーチ』です。ピッチが高く、変化の幅が広く、母音が長めに発音されてくり返しが多い特徴があります。あかちゃんはその音楽的な要素に反応するので、母語と違うことばで話し かけても反応してくれます。こうした音楽的コミュニケーションを発達させ、さらに白目をもつようになって相手の気持ちを読めるようになり、さらに気持ちだけではなくて相手の考 えを読めるようになって、ことばというものが登場してきたと考えられます」(山極さん)
人間がことばを獲得し、それに重きを置くようになったのは、近代のこと。現代ではAI(人工知能)が台頭してきていますが、その理由は「AIが進化したのではなく、人間が劣化 したせい」だと、山極さん。
「人間は、自分の身体意識に頼るよりも、AIに頼りはじめてしまっている。いまの子どもたちは、必要な知識はスマホやインターネットから得られると思っていますが、学校に行く目 的は知識を得ることだけではありません。ともに学び、まだ情報になっていない考えや知識、技術を、目の前の相手から身体を通じて学ぶ。そういう場です。大人も、それを忘れて はいけない。いまの子どもたちはスマホでのコミュニケーションが当たり前すぎて、自分で決めるべきことをすぐ仲間に聞いてしまいます。つまり、自己決定ができない。そのうえ、 対面でひとと交渉する機会を失っているので、交渉ベタになっています。これは人間として成熟できないことを意味しています。教育制度を含め、考え直さねばならない時期にきてい ます」(山極さん)
ゴリラたちの行動から社会性を学んだり、人間の進化の過程から暮らし方を再検討するのは、決して「後戻り」ではなく、本来人間がもっている共感能力を存分に活かして「先へ進 む」ためにいま必要なことだとわかります。



おとうさんゴリラが子育てする話にちなんで、山極さんはサインカードに「ゴリラの イケメン実はイクメン」と書いてくれました。ゴリラの子どもたちの間でケンカが起 きると、おとうさんはケンカを仕掛けたほう、または大きいほうを止めることで仲裁 すると言います。その経験から、成長したゴリラは、自分よりからだの大きいゴリラ のケンカでも仲裁します。「ゴリラたちは、本当はお互いケンカしたくないんです。で も両方とも引き下がれないから、誰かが仲裁してくれるのを待っている。ただ、ケン カをしないと仲直りもできないですから、ケンカは必要です」(山極さん)

山極壽一さんの講演会に参加されたお客さまの声をご紹介!

・一度、リアルでおはなしを聞きたいと思っておりました。実現してうれしいです。ひとは弱みを強みに変えることで生きてきた。それがいま、強みを増大する方向へ向かっているが、元に戻す必要があるというおはなし、本当にそう思います。通説、あたりまえとされていることを疑うこと、生きものとしての人間という種は、どういうものなのか。根本から考えていくことの重要性を改めて思いました。元教師(小学校)としては、教育についても、もっとおはなしを聞きたいと思いました。知らないこと(まちがって教えられたこと)をたくさん学ぶことができました。ありがとうございました。(大阪府・男性)

・いつか講演を聞きたいと思っていたので夢が叶いました。ゴリラ、動物、自然から学ぶこと、すべて教えてくれることに気づけた人生にとても感謝しています。若くして、そこに気づいて研究された先生。本当に憧れのひとです。(奈良県・女性)

・子どもたちと動物園でゴリラを1時間近く観察したときに、母ゴリラの行動が自分と同じで、子どもと目を合わせるだけで幸せを感じる。ことばがなくても、生物同士、通じているのだと感じました。こういった話に共感する力がある人間が少なくなっていることに対し、恐ろしさを感じていますが、先生のおはなしを聞いて、自分は親としてできることをしたいと思います。先生著作の絵本は息子と読ませていただいています。次男は鼻の穴が大きく、目が丸くて、ゴリラのあかちゃんにそっくりです。ありがとうございました!(大阪府・女性)

・大学の講義1回分を聴講するような濃密な時間でした。人間と他の類人猿との共通点、相違点を明確に示すことで、便利になりすぎた現代。そして、未来に生きる人間にとって何が欠けてしまっているのか、何が必要なのかを教えてもらいました。「大事なことはゴリラから教わった」という先生のことばも納得。地球の生きものの一部としての自覚をもち、もう一度、生きものらしい感覚を取り戻していくことが、これからの人類の課題と考えねば、と思わされました。(神奈川県・女性)

[月刊クーヨン]25年7月号には、書ききれなかった講演内容を掲載!

クレヨンハウスの育児雑誌[月刊クーヨン]では、書ききれなかった講演内容を掲載しています。山極壽一さんの記事は、2025年7月号(6/3発売)に掲載!あわせてチェックしてくださいね。

過去のレポート記事もご覧ください

過去の講演会のレポート記事を公開しています。「都合が合わず参加できなかった」「講演会の雰囲気や内容をちょっと見てみたい!」……という方は、ぜひチェックしてみてください!



「子どもの本の学校」34期はまだまだ続きます

作家と読者を結ぶ講演会イベント、「子どもの本の学校」34期は、まだまだ続きます!
この出会いが、一生を変えるような忘れられない大切な一冊との出会いになるかもしれません。
どこまでも自由な絵本の世界の魅力を、もっともっと知ることができる講演会イベントです。
ご参加を、お待ちしております!




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