Living at the same time 同じ時を生きて


5/29更新

本当に大事なものってなんですか?
市民ひとりひとりにとって。
F35やイージスアショアの配備は「あなた」にとって
大事なものですか?「わたし」にとっては?
しっかりと考えましょう。
いま、国にとって市民にとって、国会にとっても
最重要課題は一体なんなのかを。



どんな時でも平常心を保とう

それを失いそうな時ほどそうするのだ

自身に向けてそう言い聞かせてきた

そしてわたしたちはいま

再び自身にそう問いかえす時代と社会を

迎えている

平常心を保つために必要なモノやコトは

ひとそれぞれだろう

わたしにとってそのひとつはことばだ

ことばはことばでしかないのだが

こんなにもたくさんのことばが溢れているのに

ことばが見当たらない

それでもわたしはことばを探しつづける

遠い昔に聴いたあの歌 ♪Catch a falling star……

流れ星をキャッチして大降り大荒れの日のために

キープしておこうというフレーズを思いだしながら


落合恵子




5/27更新

矢車菊の藍色が、光に輝いてみえます。
ロベリアの紫の濃淡も。
上に向かって駆け上がるように
花を次々につけていく、涼姫の薄紫も。
自然の色の、なんと深くて豊かなことか。
長いお休みをいただいていた間、
クレヨンハウスは、例年以上の花盛り。
なんだか悔しいほど。
こんな時だからこそ、
季節の花にいっぱいに咲いてもらいたいと願っていましたが、
通じたのかも、思いが、
花たちに、緑たちに。


5/25更新

ひとは記憶からできていると記されたのは、長田弘さんでしたっけ?
確かに。
思い出してごらん、子ども時代で、最も嬉しかった記憶。
もっとも「美しい」と感じた風景。
もっとも「大好き」って思った大人のことを。
それらがあるなら、うん、なんとか生きていける、どんな時代も。


5/23更新

「不安で、呼吸が浅くなります」という声をよくききます。
背筋や腰を伸ばして椅子に腰かけ、大きく息を鼻から吸って
まるくすぼめた口から吐く。何度かこれを繰り返す……。
乱気流気味の脳内の風景を、すっきりとしてくれます。


5/21更新

「明日が見えない」時代なら、わたしたちひとりひとりが自前の「明日を創」ればいい。
政治はもとより経済も福祉も、そして、置き去りにされがちな文化も人間関係も……。
今回のコロナ禍で見えた不信や不穏、不誠実さ(いまにはじまったことではないが)を
ひとつひとつ問い直し、ひとつひとつを覆し、
「誰をも置き去りにしない時代と社会」、「誰をもとりこぼさない」行政に向けて、
改めてはじめの一歩を踏み出してみない?
「諦めないわたしたち」を見せつけてやろう!


5/19更新

コロナ禍のもと、「明日が見えない」時代です。
そして、こんな時に限って「夜陰に乗じて、よからぬ改変」を
企てるものもいます。でも、わたしたち、めげませんよね。
いつの時代だって、誰にとってだって、ここにはまだ来ていない「明日」は見えないものです。
だったら、今朝のいっぱいの味噌汁をていねいにつくり、ていねいに味わい、
目の前の今日と向かい合おう。


5/14更新

事実は語られ、記されなくてはならない。
真実には光が当たらなくてはならない。
いかなる理由であっても、事実と真実が隠される時代と
社会は、わたしたち市民の社会とは決して言えない。


5/12更新

「自粛」ということばと概念が、
今後、どのような意味を持ち得るのか、
注意深く見つめていきたい。
先の戦争で、これらの概念はどのように使われ、
どのように、ひととその暮らしを縛っていったか。
ひとを縛るのは、その概念を自らのミッションとして
受け入れた、外側にいる他者である場合が多い。
が、自らの内側にもその「他者」はいないか。
自前で考えることを放棄したものは、他者を縛り、
選別し、荒々しい同調圧力で、他者をなぎ倒す。


5/10更新

クレヨンハウスのアウトテリアはいま
晩春から初夏にかけての花盛りだ。
一年草はもちろん、宿根草も。
「ああ、あなたはここにいてくれたのだね」
上向きになれない心に、束の間の喜びを連れてきてくれる。


5/8更新

いつの時代でも、自然災害や人災、疫病等で
かけがえのないいのちを落とすのは、
往々にして「いままでそこにあった」社会で、「恵まれない」
と呼ばれるひとであることが多い。
いまがいつであっても、ここがどこであっても、である。
災禍が収まれば、おおかたはその存在を忘れてしまうのだ。
その距離は、ソーシャル・ディスタンスよりもフィジカル・ディスタンスよりも
はるかにはるかに、かけ離れている。


5/6更新

元気ですか?
元気でいてください。
向かい合って、思いっきりおしゃべりして、
笑い合える日に向けて、
どうかどうか元気でいてください。

4/30更新

「自粛」って言葉は
内発的のそれとは、どこか違うから
抵抗あるけれど......
しょうがない
「自粛」しよう
小さな庭の手入れをして
未読の本を改めて開き

生きることに
リセットなんてないよなあ、と
いう言葉にぶつかる午後
勿忘草が咲いている


4/28更新

「隠れ家」特集なんていうのを
雑誌がやっている。
人里離れた、いわくありげな宿だったり、
リゾートホテルだったり
食事処だったり
「隠れ家」なんてものは
自分の中に持っていればいいじゃん
と うそぶく4月
満天星つつじが咲いている


4/26更新

Our body is made of what we eat
わたしたちの身体は わたしたちの食べるものでできている、
と書いている会議室に、誰かが入ってきた。
慌ててポテトチップスの袋を隠す。
ポテチにはなんの罪もないのに、と苦笑をひとつ。


4/24更新

かの大統領が率いる国では
アングロサクソン系ではなく
ヒスパニック系やアフリカ系の人々が
コロナウィルスに感染する割合が多いと
報道されている
いつの時代でも
どこであっても
ひとつの状況下で
最も苦しむ集団は
  過去からすでに苦しみ続けてきた人々であるという
この壁


4/22更新

「絶対」なんて「絶対に」ないのだ
という時ぐらいしか使えないことばだ
10代の頃から
「普通」ということばも使えなかった
往々にして「普通」は
「普通じゃない」という概念と
ワンセットで使われるから
そうして 「普通じゃない」と想定したグループを
切り捨てるから
ことば狩りには当然反対だが
実にやっかいだ
ことばってやつは


4/20更新

過度にペシミスティックになっても
しょうがない。
かといって
過度にオプティミスティックになるのも
なんだか妙だ。
ちょうどいいところ
ちょうどいい距離で
神経とやらの振り子を適度に揺らしながら
暮らしていたいのだけれど
「適度」というのも実に難しい
過度に傾くほうがはるかに容易だ

夕暮れはロベリアのうす紫から広がっていく


4/17更新

読んでいない本が
こんなにも たくさんある
たぶん
人生の最期が来るまでに
読み終えることは できないに違いない
こんなにも未知が置き去りにされている。それは
無念か? 惜しいか? 残念か?
違う と わたしの中のわたしが否定する
未知が 未知のまま
まるごと ここにある ということの
なんという ゆたかさ!
なんという ふかさ!
なんという いとおしさ!

誰もいない 書店の夜
わたしは 陽気な迷子となる!

4/13更新

「詩人の長田弘さんのことば」

……ことばって、何だと思う?

  けっしてことばにできない思いが、

  ここにあると指さすのが、ことばだ……

(クリムトとの詩画集『詩ふたつ』。そのひとつにあたる

『花を持って、会いにゆく』クレヨンハウス刊)から。

長田弘/詩 グスタフ・クリムト/画
クレヨンハウス